許容されない多様性とTPO・規則

許容されない多様性とTPO

「多様性は大事」と言われる一方、拒否される多様性(許容されない多様性)も存在します。例えば「いじめ」「露出」「ちょんまげ」「広範囲のタトー」は行為・ファッションの多様性ですが、公の場では拒否される場合が多いと思います。

つまり、多様性には「許容/拒否(許容されない)」という軸があり、その閾値はTPO(時間・場所・場合)に依存すると考えられます。

そう考えると「多様性は大事」は「TPOで許容される多様性は大事」の省略形と考えられます。

TPO・規則による多様性と流動性・批評性

ところで「TPOで許容される多様性は大事」は「規則の範囲内で自由にして構わない」と似ています。私を縛るものが「TPO」でも「規則」でも私は何らかの対応を求められます。一方、「TPO」と「規則」の差異は明文化の有無による流動性・批評性の差異ではないかと思います。

「規則」は多くが文章で規定されていますが、「TPO」は暗黙に決まる印象があります。前者は変更のルールも記載されている場合がありますが、後者は変更の方法すら存在しない場合があります。明文化されていれば大衆の批評を受けられますが、暗黙であれば大衆の批評を受けにくいです。

「TPO」や「規則」の定義は間違っているかもしれませんが、「許容されない多様性」が「私」を含むとき、それが「TPO」なのか「規則」なのか考えてみるのもありかなと思いました。