医師の「異常なし」の意味と不満を軽んじられた親の気持ちの考察

通園バスの取り残し事故に関して、西日本新聞が2018年北海道の2歳女児事例や過去事例についての振り返り記事を公開しています。きれいにまとめられていて参考にしたい記事ですが、その一部で気になったことを書き出します。

1.「診療所」の「異常なし」との診断の意義
2.診断を聞いて苦しむ女児を見た母親の心象

『夜中にうなされ「みず」…通園バスに取り残された2歳女児が負った心の傷』(西日本新聞、笠原 和香子、2021/9/21 10:34 更新)

 北海道での事故は18年10月、西興部(にしおこっぺ)村で起きた。朝、園児6人を乗せたバスを保育所で迎えた保育士は5人を降ろしたが、最後尾のチャイルドシートに座っていた女児に気づかず、運転手もそのままバスを離れた。女児の母親(41)から見送りを頼まれた友人が女児をバスに乗せた後、忘れ物に気付いて園へ向かったところ、女児は不在で欠席扱いとなっていた。園は初めて女児を探し、運転手が車内で見つけた。

 放置されたのは約2時間で、医師の診断は「異常なし」。だが母親が診療所に駆け付けたとき、ぐったりした表情の女児は喉元を手で押さえながら、か細い声で「水」と繰り返した。その日から女児は今年初めごろまで、よく就寝中にうなされ「水」と叫んだ。記憶を消したいのか「取り残されたのはお友達だよ」と話すこともあった。

1.「診療所」の「異常なし」との診断の意義

事後の情報から女児には脱水とPTSDが疑われます。大人には2時間程度でも体の小さく生きた年数の少ない2歳児にとっては2時間もです。この前提の下で、診療所医師の「異常なし」はどのような意味を持つのでしょうか?

個人的には「現段階では水・塩分を補給すれば回復する程度の脱水。意識も明瞭」という診断と想像します。体内の水分は定量的に測定していないでしょうし、していてもPTSDの検査は実施されていないと思います。

つまり「異常なし」は「この診療所で検出できる異常はない。処置や他院への紹介のような介入は現時点で不要」だと考えられます。「問題がない」とは述べられておらず、件の医師もそのつもりだと思います。

2.診断を聞いて苦しむ女児を見た母親の心象

自分であれば「本当に異常はないのか?」では済まないと思います。「誰もチェックしなかった。自分が気づかなかったら殺していたと分かっているのか?」という憤りも湧くはずです。

記事は切り抜きなので実際の医師のセリフや表情は分かりませんが、こんなときに欲しい言葉はおそらく「今は大丈夫。でも発見が遅れたら危なかった。あとで不安になることもあるから気をつけてあげてね」のような言葉ではないかと思います。「とりあえず大丈夫」では不安も怒りも収まりません。少なくとも記事を読む限り、この診療所の医師はそれをしていないと読めます。

園バスの置き去り、通園数を確認するのも良いですが、いっそ送迎バスを人が一週間過ごせる環境にしてしまうのもありかなと思ったりします。最長で一日忘れることが防げないなら、忘れたままでも問題なくするのもひとつの方法かなと。